妄想と現実の境界線
小さな恋の詩3( 初ツナ)
渡米まで残り1日。そんな折に突如として現れたと思いきや颯爽と拘束された挙げ句、どこから持ち出してきたのか潜水艦へと押し込められ、気が付いた時には既に大海原へと駆り出していた。
家庭教師のニヤリと笑った悪質な笑みに泣きたくなった。国際問題以前に常識を知らない小さな姿が憎たらしくも愛らしいなんて思えるのは気のせいであってほしかった。
長くも短くもない付き合いだ。クリクリとした瞳が大層面白がって見える。
今一番被害を現在進行形で被り続けている苦労性は相も変わらず先輩二人には頭が上がらないらしい。
ヘルメットで遮られ表情は垣間見る事は出来なくとも、醸し出すオーラがどんよりと濁った色合いをしている。
俺様な家庭教師とその悪友の鬼教官にパシられ続けている軍師を生暖かい眼差しで見つめつつも此れから起こるひと騒動に胃の辺りが痛みを覚えるのだ。
小さな恋の詩2( 初ツナ)
否、もしかしたらもっと前からだったのかもしれない。
曖昧な事など何時もの事だ。
ふっと気が付けば季節は移り変わり、横暴な小さな家庭教師の役目はほぼ完了を迎えた。あと残す事と言えば、日本で出来ることはない。
急激に気温が下がり、冬の到来を知らせた。
もっぱら横暴で俺様な家庭教師から渡米の言葉を告げられた時には何の感情も沸かなかった。予め決められていた事とは言え、年がら年中行方不明だった父親と同じ職業に就くことになろうとは思いもしなかった。
しかもそれが遠縁に当たるじい様の跡目を継がなければならないのだから何の因果だろう。
年の離れた従兄はじい様の跡目に執着していた。
否、違う。
跡目などどうでも良かったのだ。ただ周りに認めさせられればそれで良かったのだろう。
信じていた血の繋がりを否定された瞬間から、従兄の中の何かが零れ落ちた。それ自体を従兄自信気が付いていなかったのが何ともお粗末な話で、否応にも平凡な日常を壊された此方の身としては実にはた迷惑な話だ。
渡米の日程は精密に練られ、じい様との間で奔走していた家庭教師のイキイキとした顔は、今まで一緒に暮らした中では実に感情的な表情に思えた。
愉快犯的な短所を合わせ持つ家庭教師の悪癖が出なければいいのだが、きっと願うだけムダなのだろう。
深いため息が白い息となって吐き出される。
冬の季節は始まったばかりだ。まだ見知らぬ土地に思い馳せるのはまだ早い気もするのだが、何故だか胸がざわめく。
これは期待とも不安とも言えたが、どちらでもない気がする。
不思議な胸の高まりを感じながら降り積もる雪を見上げた。
きっと明日は一面の銀世界が広がっていることだろう。
少しだけ口許が綻んだ。
小さな恋の詩( 初ツナ)
ただ強引な程の存在感を持つ男の眉間には通常よりも若干シワが寄っていた。
やはり言葉はない。
掴まれた手首が痛いが抗議の声など今は届きはしないだろう。
男の人並み外れた腕力がこういう場面では邪魔だ。
何より男の腕を振り払えない自身が情けなくもあった。
男自身が纏う雰囲気が硬質なものへと変化してから、否が応にも不安が胸を過る。
久しぶりに会った男・・・・従兄の頭ふたつ分上を仰ぎながら腕を引かれるがまま通り過ぎる街並みを見つめる。
恐怖の童顔綱吉の話~孤高の浮雲編
二十代の時には十代前半に見られていた。老けて見られるよりはまだマシだと言い聞かせ、三十代の時には十代半ば。四十代の時には周りから不思議がられる程月日が流れないまま十代後半から一向に上には見られる事はなかった。
驚異的な童顔だと驚かれるよりも笑われた。
年齢に比例して歳をとる友人たちが心底羨ましく、同じ年代の女性からは羨まれた。
あれ、これは無いんじゃね?、と思ったのは五十代後半。未だに中学生。よくて高校生に間違われていた。
流石にこの時から笑っていた友人たちからも不審な眼差しを向けられ、六十代の時も七十代の時も一向に変わらない容姿。不審がられるのを通り越して不気味がられた。
その頃には人目を避けるように引きこもり生活が続き、気が付いたら思いの外時が過ぎていた。
余りの怠慢さに呆れるよりも変わらない容姿に嫌気がさした。
その頃には世間では生きているか死んでいるか分からない身の上になっていた。笑えない冗談だ。
あれよあれよと月日が流れ、生死の境よりも存在自体知る人間がいない中、ふと気が付いたのだ。
俺、まだ結婚してない。
あまりの衝撃に結婚以前に一度も彼女がいた記憶がなかった。
これはまずい。まずすぎる。
いくら童顔とは言えそこそこ歳はとっていた。
世間的に言えばロリコンと後ろ指さされるほどの歳の差だ。
どうしようどうしようか、と思い悩んで季節が三回ほど巡り、出ない答えに思考を放り出した。
物臭な性格がたたって引きこもり生活が続き、傾いた家が修復出来ないほどの有り様になり、御近所からは無人だと思われて仕方ないぐらいには敷地内は伸びっぱなしの草に所々朽ちた外観。人が住んでいると考える方が不思議なくらいだ。
ここまで来て漸く重い腰を上げた。
見上げた見馴れた家とは到底思えず、よくここまで持ちこたえてくれたものだと感嘆した。
古びた家から漸く出てきた家主に御近所中が騒然となったのは記憶に新しく。しかも家主が十代。いくら童顔と言えども信じてくれる御近所さんはいやしなかった。
みずぼらしい家の修復には相当時間が掛かるらしく、これは建て直した方がよくね、と思い立ってみたが先だつ金がなかった。
かつては新築一軒家に母親と暮らしていた住み慣れた家を泣く泣く手放すしかなかった。
これからどうしようか、と路頭に迷うはめになった。今更ながら世の中の流れが凄まじく過ぎ去っている事に気が付いた。
そこには見馴れた街並みはなく、見知らない世界が広がっていたのだ。
少しの間は公園にでも住もうかと考えてはいたが、どうにも住める気がしない。
リーゼントに学ランの集団。統制された姿に目眩がした。
周りを見渡しても何故だか時代遅れの集団からそそくさと立ち去る。今一よく分からない世の中の流れが身に染みると言うか何と言うか。
ぶっちゃけ痛いです。物理的に。
目尻に涙が滲み始めた。御近所さんたちがこの集団から目を反らし、そそくさと立ち去っていた意味が漸くわかった。
そりゃ逃げるよな。こんな暴力リーゼント集団から。
その中心にいてどこか見馴れた姿に目が止まる。周りがリーゼント集団だからこそ浮いた存在。切れ味のいいナイフの様な目は肉食獣のようだ。
嫌な汗が背筋に伝う。
どこか見馴れた容姿も相まって駆ける恐怖は本物だ。
何処から取り出したのか分からない鈍器を振りかざす様は嬉々としている様に思えるのだが、見間違えであってほしいかも。
振り下ろされる鈍器の隙間からリーゼント集団の可哀想な者を見る様な眼差しに泣けてきた。
これなら倒壊するまで家の中に引き込もっていた方がよかった。目尻に溜まった涙が零れた。
中学時代の恐怖を体験しているかのようだ。
あおい。何処までも蒼い空が無性に恋しく思えてならない。
怪訝な視線からびっくりしたかの様な視線に笑えた。
殴って叩いてボコボコにした男が突然大泣きしているのだ。怪訝に思われても仕方がないが、流石にこれ以上殴られるのは頂けない。
びーびー泣き出した男に不機嫌になっていく空気を感じた。流石にこれ以上は、と止めにかかったリーゼント集団に更に不機嫌になった空気が空を切った。
ポロポロと未だに止まらない涙に霞んだ視界からごめんなさい、と謝っておく。
きっと巻き添えを食ったリーゼント集団は悪くないと思うんだ。
気晴らしにもならないのか、思う存分暴れていたと思ったのに鈍器を握りしめたまま振り返った姿は中学時代に散々つつき回された先輩に酷似していた。
やはり時間の流れを感じてしまった。
「何笑ってるの」
余裕だね。と言われて気が付いた。久しぶりに笑っていた。それだけじゃ無いけど、何だか無性に嬉しかった。
更にムッとした表情が可愛く思えたのは年の功だろう。そうでなければマゾに目覚めてしまったか。
振り下ろされる鈍器。綺麗な真っ黒な瞳と視線が絡み合った。
ニヤリと口元が緩んだのを自覚する。
見開かれた瞳の中に散々見馴れた童顔が写り出されるのがわかる。
一癖も二癖もある先輩がそこにいた。
頭を直撃するはずだった鈍器はその寸前的を失った。ふわふわな癖毛が重力に逆らい視界を覆う。
あぁ久しぶりだ。
運動も勉強も満足に出来なかった学生時代。唯一の特技が中学時代の先輩によって成された事は涙ながらに語るしかない。その先輩の暴虐で俺様な性格と容姿をもった男に忌まわしい記憶を呼び起こされる。
出会い頭にボコボコにされるのは馴れている。毎日がバイオレンスに基づいていた生活だった。
そのお陰とは言われたくないが、少しは危機を回避することになれた。主に暴力的な先輩から逃げることに役立ってはいたが、まさかまさかの展開にちゅっびり浮かれてしまった。
あはは~、な展開だ。鈍器を両手に持ち、嬉々として打ってくる姿がかつての先輩を沸騰させる。
引きこもり生活に慣れた体が悲鳴を上げる。それでも必死になって避けるのは気を抜こうならばそれこそボコボコにされて放置されるだろう。目に見えてやりそうな性格だ。
伸びっぱなしになっている髪が視界をさえぎり邪魔をする。今更髪にかまけている暇はないが視界が遮られるのは頂けない。
体ごと横に飛びはね、視界をさえぎる髪を引っ張り視界をクリアにした。振り返った視線には待ち構えたかのように鈍器があり一瞬の判断が命取りだ。
上体を屈め振り下ろされた鈍器を片足を振り上げて勢いを止める。バランスを崩したのを見計らい畳み掛けるように振り上げた片足から更に重心を回転させ一気に振り下ろす。
思いの外イイ音を響かせ頭上にヒットした。
あぁ痛いだろうな。
流石にやり過ぎたかな、といい歳した大人がやることじゃないだろ、とそろりと片足を引いた瞬間下から鈍器が迫ってきた。
どうやら強靭な肉体をお持ちのようだ。
躊躇いなどなかった。
顎下目掛けて足を蹴りあげ、鈍い音がした。
振り上げられた鈍器が頬を掠め、ピリッとした感覚に眉に皺がよるのは仕方がないだろう。
このまま目を覚まさないでくれたらありがたい。
小さく溜め息を洩らし、久々に馴れないことをするんじゃなかった。
膝がガクガクしている。明日はきっと筋肉痛に悩まされるに違いない。
晴れやかな空の下、中々体に染み付いた習性は取れないのだと知った。
膝から地面に倒れるのを止めることは出来なかった。
どこか遠くで足音がした気がする。
誰でもいいから助けてくれないかな。
淡い期待と掠れる視界に胸の内がスカッとした気がする。
◆◇◆◇
記憶は何時も曖昧だ。
ただ単に記憶力がないだけなのだが物忘れが酷いのだ。これは世に言う歳のせいだろうか。笑って誤魔化しがそろそろ効かなくなって来た頃、ふと思った。
いい加減な性格が災いしたのか、自分の年齢を忘れていた。
確かに記憶にはあった出来事なのだが、それが何時だったのか忘れていた。
懐かしい面差しをもった彼もまた、いつの記憶だったのか。
現実味が人より乏しい気がした。
「君は誰?」
思いは言葉に。怪訝な表情で答えた少年に少し笑えた。
まだ幼さが残る頬のライン。ややつり上がった目尻とか、とても懐かしくて仕方がない。
だからこれも仕方がない。
「雲雀さん」
懐かしくも暖かい人。
孤高の浮雲だと言われた人はいつも解りづらい愛情表現をしめす。純粋とは程遠い性格なのに何処までも純粋な子供だった。
見開いた瞳はいつにまして綺麗な輝きがあった。
「やっと会えた」
それは安堵感に似ていた。
まるで野良猫の様な性質を持ちふらりと現れては突然居なくなる。出会った当初からそれは変わらず、それが野良猫の様だと話した事があった。
ただ笑っていられた数少ない記憶。
着かず離れず。気が付いたら時間だけが過ぎていた。
こう言ったら笑われるだろうがその存在に救われていたのだ。
「謝りたかったんです。雲雀さんに沢山迷惑かけて、でも何も返せなかった」
ごめんなさい。
呟いた言葉に驚きの色が濃くなった真っ黒な瞳を見つめた。
やっぱり綺麗だな、と思う。
孤高と言う言葉が似合う人。
だから・・・・。
間近に迫った瞳から目を反らす。
それしか出来なかった。
困惑から驚き。やはり困惑の方が高かっただろう瞳の奥に似通ったモノを拾った。
厳しくも優しい人が目の前にいた。
一度閉じた瞼の裏に鮮明に蘇る姿はいつも真っ直ぐ伸びた背中だった気がする。
紅い月2 ツナ総受けパラレル
なるほど。ひとつ頷き納得する。
夢ならば非現実など当たり前なのだ。それは夢だから。
スカルの呟きは何処までも否定的であった。手に持った袋がかさり、と音をたてる。
最強(凶)で最悪な俺様先輩二人組によってパシられている最中、スカルは意気揚々と先輩二人組の所へと戻るのだ。若干青ざめた顔だったが。
紅
い
月
今から少しだけ遡る事数年。いや、数世紀だったか。
曖昧な記憶の最も古い部分まで遡る。優しげな穏やかな少女めいた女性がいた。
どんな名前だったのか。どんな声だったのか今では思い出せない。
ただ 余りにも穏やかな眼差しに胸に込み上げてくる何かがあった。
今更ながらそんな曖昧な記憶を大事に仕舞っていたのかと少しだけ愕然としたが、何がそんなに大事なのか分からない。
ただ言えるのは、確かにこの女性を俺は知っていた。
そして失ったのだと言うことも。
巡る季節の中に置き去りにされた最も古い記憶の欠片を集め、世界がまだ穏やかな時を刻んでいた頃、俺は確かに幸福だと言えたのだ。
あの穏やかな眼差しが好きだった。
ふふっ、と漏れ出た笑みは一瞬にして空しさ与えた。眼下に広がる世界は記憶の中よりも荒廃していたとしても、確かにそこに存在した世界があった。
此れを愛しいと言うのだろうか。
腹の底から込み上げてくるものに胸が満ち足りた気がした。
風に香る微々たる匂いが更に強く主張してくる。
昔は無かった。だが今は確かに不吉な何かを風が伝えてくる。
聳え立つ純白に染まった巨峰は厳かに存在を主張している。
昔はなかったそれが時の流れを感じさせた。
紅い月ツ ナ総受け気味のパラレル
そこにあるのは絶望よりもより深い闇。
楽園の扉は閉じられ、残されたのは・・・・・。
紅い月~始まりの月~
十月の風に乗った甘やかな薫りに目眩がした。
人恋しい、と言う感情が胸に過る。
これは人間が持つ感情なのだろうか。
何時からか時が止まり、気が付いた時には過ぎ去る季節の中に何かを置き忘れてきた気がする。
季節の風に目を細めた幼子は、小さく笑った。
そるが余りにも老成された様にまろやかな頬を縁取る幼子に不思議と似つかわしかった。
未だネオンに彩られた街中にぽっりと佇む巨大な建物。
白い外装が染まる事はない。ならば、と一度だけ真っ赤なペンキで染めた事があった。ただの子供の悪戯だ。
随分様変わりした街並みよりも鮮明に覚えている。少しだけ、胸がほこりとした。
色褪せる事の無い記憶が連鎖反応の様に様々な思い出と言う記録に結び付く。此れが夢や幻で無いことを祈りたい。
無心論者の祈りなど聞き届けてくれる神など居やしないだろうが。
一歩踏み出す足が軽やかに宙を駆ける。
奇跡など有りはしないが、もし此れを奇跡と言うのならば頷けるだろう。
夜のネオンに彩られた世界を駆ける幼子は宙を舞う。
世界は未だに眠らない。眠ることを知らないのだ。
大空と守護者と虹と・・・ 女体化設定
穏やかな風が頬を撫で、涼やかな歌声が耳に心地よく暖かな陽射しに眠気を誘う。
色とりどりの花々に囲まれた彼女の微笑みにつられ、彼女に忠誠を誓った守護者の安らかな時間が始まった。
姫、と誰となく呟いた言葉に頬を赤く染め、笑みを浮かべた彼女に安堵の息をつく。
もう二度と奪われまいと常に傍に控えた守護者達に困惑気に笑みを浮かべる彼女の穏やかに澄んだ歌声は変わらず心洗われる様だ。
幾度繰り返そうと絶ちきれそうもない絆はさらに固く結ばれ、ただ一人の主と仰ぐ彼女は稀に見る穏やかな眼差しで総てを包み込む。
ゆるして。
言葉とは時に凶器となる事を初めて知った夜。今にも泣き出す一歩手前の耐えるその健気なさに心奪われた。
それとは逆に愛らしい唇からつむがれる言葉は凶器となって胸を貫く。
何故、と何度も叫んだ。その答えを最後まで聞く事は叶わなかったが、それでもいいのだと言えるほど心奪われたから辛さは時に喜びをもたらすのだ。
失ったものは多く、それでも手に入れたのはかけがえのない存在だった。
かつて愛した無垢な笑みとは少しだけ違う、穏やかで優しい笑みはどこかで安堵する反面、胸を切なくさせる。けれどその存在は変わらず此処にある。
「十代目」
暖かな陽射しの中で灰銀色の髪がキラキラと輝いて見える。至上と慕ってくる青年を見上げたこはく色の瞳が虹の色彩をおびている。
少しだけ不思議そうに小首を傾げて微笑めば、頬を真っ赤に染めた青年が視線をさ迷わせる。
穏やかな風に遊ばれた癖のある髪が空の蒼を引き立てる。
彼女が愛した穏やかな時間。平凡とは言えないが、それでも普通を愛してやまない彼女の為だけに与えられ箱庭の世界。
一度失ったものは決して返らない事を知った。だから二度と失わない様に箱庭に閉じ込めた。
それでも笑って許す彼女が愛しく、胸を焦がす。
世界は未だに彼女を求めている。
人間は未だにかつの栄光にすがり、彼女を傷付ける。
許せるはずがなかった。幾度なく沸いた殺意に、彼女が哀しむから与えられ施しに気付かない人間の愚かさ。
だからこそ、彼女は世界を、人間を愛した。
虹の子供は世界の為に彼女を傷付けたならば、その呪いごと塵も残さずほおむってやれたのに。
虹を愛しむ彼女。唯一絶対の主。
大空を冠した彼女の寵愛は虹の子供にある。
「十代目」
灰銀色の髪が風に踊り、こはく色の瞳が虹の色彩を纏う。
総ては彼女の寵愛を得るために仕組まれた事だとしても、彼女が愛しむ存在に殺意がわく。
いっその事、殺せたらどんなに良かったか。
「アイツらが到着しました。」
あぁ、殺してやりてぇ。
そこは季節に反して色とりどりの花々が咲き誇っている。
春に咲く花も冬に咲く花も。全てはただ一人のために捧げられた箱庭の内に。
孤高の浮き雲が唯一と定めた至上の存在に躊躇いなく跪づく姿は戦闘狂と恐れられた姿からは想像出来ないだろう。
キラキラ輝く虹の色彩が映し出す世界はいつも穏やかである。
孤高の浮き雲は穏やかに笑う唯一と定めた至上の彼女の笑みにつられ、頬を弛めた。
虹の子供が乱入して来るまでのほんの一時の為に箱庭を護る番犬なぞやってるのだからヤキが回ったものだ。
それでも譲れないのだ。
「氷炎の姫」
おとぎ話しはいつもハッピーエンドで締めくくられる。
ならばこの箱庭に囚われた姫はハッピーエンドで締めくくられるのだろうか。
まどろみのなか、霧は笑った。
女性特有の膝に頭を乗せ、見る夢は甘美。
大空と守護者と虹と・・・ 女体化設定
姫、と象る唇が歓喜に震えていた。
どれ程の時間を待ち望んでいただろうか。ようやく果たせた再会はいとも容易くブチ破られたとしても、泣きたくなるほど歓喜に震えた。
長かった。どれ程の時間を虚無に身を浸しただろうか。
姫。愛しき最愛の主は満面の笑みで出迎えてくれた。それが彼女の性質を表す大空の様である。
氷炎の名を冠する彼女は総てを統べる大空である。
誰もが欲して止まない大空を護る守護者はただ一人の主に忠誠を。空に架る虹はようやく出会えた大空に跪く。
全ては定められた出会いだとしても出会えた奇跡に神に感謝しよう。たとえ信じていない神だとしても、だ。
奪われた大空は時を経て、もう一度返り咲く。それが例え世界に混乱を招こうと、ただ一人の主を二度と手放す事は無いだろう。天候を冠する守護者と虹を冠する者たちの思いは同じく、返り咲いた大空は等しく総てを包み込む。